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大阪地方裁判所 平成6年(ヨ)1205号 決定 1994年8月05日

債権者

木本博幸

右訴訟代理人弁護士

武村二三夫

重村達郎

債務者

ミリオン運輸株式会社

右代表者代表取締役

長野基

本田祥乃

右訴訟代理人弁護士

赤木淳

主文

一  債権者が債務者に対し雇用契約上の権利を有する地位にあることを仮に定める。

二  債務者は、債権者に対し、平成六年八月から本案の第一審判決言渡しに至るまで、毎月一〇日限り金三五万円の割合による金員を仮に支払え。

三  債権者のその余の申立てを却下する。

四  申立費用は債務者の負担とする。

理由

第一申請の趣旨

一  主文第一項及び第四項と同旨

二  債務者は、債権者に対し、金一六万七五〇〇円及び平成六年五月から、毎月一〇日限り金四三万一〇〇〇円の割合による金員を仮に支払え。

第二当裁判所の判断

一  前提事実

疎明資料によれば、次の事実が認められる(当事者間に争いがない事実を含む。)。

1  債務者は、肩書地において、貨物自動車運送業等を営む資本金一〇〇〇万円の株式会社で、約三〇台のトラックを所有し、約三〇名のトラック運転手を雇用している。

2  債権者は、平成四年四月二二日に入社し、これまでほとんど一般貨物のトラック運転手として勤務してきた。

3  債権者は、平成五年九月一九日、全日本建設運輸連帯労働組合関西地区生コン支部(以下「組合」という。)に加入するとともに、債務者の従業員で組織するミリオン運輸分会の書記長に就任したが、債務者に対しては、同年一〇月一三日にその旨の通告がなされた。(<証拠略>)

4  債権者は、昭和四二年三月一〇日生まれで、妻と二人暮らしである。

5  債務者における賃金は、毎月二〇日締めの翌月一〇日払いであり、債権者のトラック運転手としての過去三か月の平均賃金は金四三万一〇〇〇円である。

6  債権者は、平成六年三月八日、債務者から平成五年一一月一七日の荷物の遅配を理由に解雇予告通知を受け、平成六年四月八日以降就労を拒否されて現在に至っている。

なお、解雇予告通知書には、債権者が平成五年一一月一七日午前八時必着と指示を受けていたタツミ産業宛の荷物を、同日午後一時三〇分ころに荷降ろししたことにより、債務者は、取引先から路線便の便数をカットされるとともに、会社の体面が汚され不名誉な損害賠償金を徴収されたが、これらは時間指定に遅延して損害を与えたもので、顧客に対する不当な行為であり、路線配送を行う従事者として不適当と言わざるを得ず、就業規則三〇条三項、五項、四七条一九項、二〇項に該当するものとして、解雇予告する旨の記載がある。

二  債権者は、債務者は労働組合活動を嫌悪しており、右解雇予告通知は、直接的には債権者が右通知の前日である三月七日に春闘組合統一要求書を提出したことに対する報復であり、このような解雇は不当労働行為(労働組合法七条一項)にほかならず、また、右遅配事故については前年の一二月二〇日にすでに始末書を提出しており、決着済みの三か月以上も前の一回の遅配を理由とする本件解雇は、いずれにしても解雇権の濫用に当たり無効である旨主張する。

他方、債務者は、債権者を解雇した主たる理由は解雇予告通知書に記載のとおりであるが、債権者は、平成五年六月二一日にも遅配事故を起こし、債務者が賠償金を徴収されており、今回の事故は二回目であるし、始末書を提出してからも謝罪のため出頭するように命じているがこれに応じず、まったく反省の態度が見えないため、就業規則三八条一五項のやむを得ない事由があるものにも該当するとして、解雇は正当である旨主張する。

三  そこで、本件解雇予告及びそれに基づく解雇の効力について検討する。

1  本件疎明資料及び審尋の全趣旨によれば、次の事実が一応認められる。

(1) 債務者は、市川倉庫及び福山通運の下請けである倉本運送から路線便を請け負っているほか、専属で顧客先に運転手を出向させる形で事業を行っていた。

(2) 債権者は、平成五年六月二一日、寝過ごしのため、市川倉庫への荷物が延着したが、このときは始末書も提出しておらず、金銭的なペナルティーも課せられなかった。

(3) 債権者は、平成五年一一月一七日、午前八時必着とのことで福山通運から預かった荷物を、寝過ごしたため、午後一時三〇分にようやく荷降ろしするという大幅な延着事故(以下「本件事故」という。)を起こした。

(4) 倉本運送は、本件事故の際の荷主が福山通運が最近開拓した大口最重要荷主であったことから、福山通運から厳しく責任を追及され、本件事故の翌日、口頭で当該路線の運行を停止するとともに(後日同一コースの別便についても債務者を運行させることを停止された)債権者の福山通運への出入り禁止を通告されたため、債務者に対してもその旨口頭で伝えた。

(5) 倉本運送は、本件事故の事後処理をするために、債務者に対し再三債権者を出頭させるように要請し、債務者も債権者に対し、再三倉本運送に出頭するように指示したにもかかわらず、債権者が出頭しなかったので、債務者に対し、平成五年一二月一日付で前記二路線の運行停止と債権者の出入り禁止を文書で指示した。

(6) 債務者は、債権者の出入り禁止の指示にもかかわらず、それ以後も同名異人ということで、債権者に倉本運送の路線のうちの関東方面を走らせており、倉本運送も年末の繁忙期でもあったためこれを黙認していた。

(7) 債権者は、債務者からその後度々始末書の提出を求められ、これを拒否していたが、平成五年一二月二〇日にしぶしぶながら始末書を提出した(その後、平成六年三月一〇日支給分の同年二月分の給料から、本件事故を理由に無事故手当てが二万円減額された。)。

2  右の事実によれば、債権者は、半年ほどの間に寝過ごしを原因とする延着事故を二度も起こしており、しかも二度目の本件事故は債務者の経営上においても重大事故であったにもかかわらず、その重大性を十分認識していないためか事後処理も十分とはいえず、些か職業運転手としての自覚に欠ける面も認められなくはない。

しかしながら、債務者は、出入り禁止の通告を受けてはいるものの、本件事故後も債権者に倉本運送の路線を運行させており、また、債権者に始末書を提出させていながら、その後三か月近くも経ってから本件事故を理由に解雇予告をしているなどやや不自然な感も拭えない面もあるので、解雇に至る経緯についてさらに検討する。

3  本件疎明資料及び審尋の全趣旨によれば、さらに次の事実が一応認められる。

(1) 債権者は、債務者の奥村業務課長の紹介で債務者に入社し、当初はその仕事ぶりが債務者の代表者にも気に入られ、市川倉庫の延着事故を起こした際もことさら処分を受けなかったばかりか、平成五年九月には係長に抜擢されたが、給与が減額することを理由に同年一〇月には再び路線運転手に戻った。

(2) ちょうどその頃以降本件事故の前後を通じ、債権者が債務者の業務命令に従わないことが何度も生じ、それが債権者の労働組合加入の時期と相前後するため、債務者の長野社長は、債権者は組合に加入してから変わってしまったと感じるようになった。

(3) 債務者には、債権者のほかに竹山氏(平成五年七月三〇日付で債務者に対し加入通知済み)、中井氏(債権者と同様平成五年一〇月一三日付で債務者に対し加入通知済み)の組合員がいた。しかし、竹山氏は、平成五年八月以降債務者から就労を拒否されており、地方労働委員会に救済の申立中であり、現在なお未解決のままであるし、中井氏は、平成六年二月ころ、債務者が保証人になっていたカード債務の未返済を理由に、債務者から一旦解雇予告を受けたが、その後右予告は撤回され、その頃組合を脱退したため、本件の解雇予告当時は、債権者が債務者内での唯一の組合員であった。

(4) 債権者は、平成六年三月七日、九四春闘統一要求書と題する組合の書面を債務者に提出した。

(5) 債務者は、平成六年三月八日、債権者を本社に呼び、債権者に対し解雇予告通知書を手渡したが、その際、債務者の長野社長は、債権者と長時間にわたり、二人きりで面談し、解雇予告をしたからといっても必ずそれを実行するという訳ではなく、債権者がどう対応するかによっては考慮することができること、そのためにわざわざ懲戒解雇にせず一か月の猶予を与え、二人きりで話す機会を持ったことを強調し、債権者に従前からの態度を改めるよう要求するとともに、竹山氏や中井氏の例も話題にし、組合に入っていれば週四四時間勤務の規制がでてくるが、それは債務者の勤務体制に合致しないこと、組合に相談して組合の言うことを正しいと思ってついて行ったら本当に首吊りになるなどと話し、暗に組合を脱退するよう働きかけた。

(6) 債権者は、平成六年三月九日、債権者からの相談に応じて債権者に組合を辞められないものかと話した奥村課長の勧めに従って、脱退届を書いたものの、結局は組合にとどまり、翌一〇日、奥村課長は、組合から不当労働行為であるとし謝罪文を要求され、やむなくこれを交付した。

(7) その結果、債権者は、翌一一日、長野社長から口頭で運転手から雑役手への配置換えを通告され、同月一八日に配置換命令書を交付され、四月八日以降は就労を拒否されている。

4  前記1及び3の事実を総合すれば、本件事故は重大であるうえ、債務者は事故後の債権者の態度についても快く思っていなかったことが認められるものの、事故後四か月弱の間に、始末書の提出を求めただけで、それ以上の処分をしておらず、本件の解雇予告の際にも債権者の対応次第では解雇は撤回され得るものであることが明らかにされていることなどから、本件事故と解雇との間に必然性が乏しいばかりか、逆に、債務者の長野社長は、債権者との間がぎくしゃくしだしたのは、債権者が組合に加入したからだと考えており、債務者における唯一の組合員である債権者が組合の統一要求書を持参したのが引き金となり、債権者に組合を辞め、以前の債権者に戻ってほしいと考え、組合からの脱退を暗に迫り、債権者が組合を脱退すれば解雇は撤回する旨仄めかしつつ、本件の解雇予告通知を債権者に手渡したことが認められる。これらの事実に照らせば、本件の解雇予告通知は、解雇の撤回と引換えに組合脱退を働きかける目的でなされたものと認めるのが相当である。

債務者が債権者に対し、本件事故の重大性を認識し、事故後の対応等につき反省を求めることについては理解できないわけではないが、債権者の勤務態度の変化と組合加入とを直接結び付けるのは妥当でなく、まして、組合からの脱退を目的とした解雇予告は不当というほかない。

したがって、本件解雇予告及びこれに基づく解雇は、解雇権の濫用として無効であると言わざるを得ない。

また、債権者は、本件の解雇予告に伴い、運転手から雑役手に配置換命令を受けたが、これは、解雇を前提としたものであり、解雇が無効である以上、右配置換えもやはり無効であることを免れない。

四  保全の必要性

本件疎明資料によれば、債権者は、妻と二人暮らしであり債務者から得る賃金を唯一の生計の手段としてきたことが一応認められる。

そうすると、債権者には賃金の仮払いの必要性があるところ、債権者の居住する大阪府における勤労世帯の消費支出が月約三六万円であること(当裁判所に顕著である)や本件疎明資料及び審尋の全趣旨により認められる諸般の事情を斟酌すると、債権者の差し迫った生活の危険・不安を除くために必要な仮払金は、月三五万円と認めるのが相当である(債権者は、月額四三万一〇〇〇円の賃金の仮払いを求めるが、仮払いをすべき金額は、仮払いの性質上、当然に賃金の全額に及ぶというものではなく、生計を維持するのに必要な金額に限られるというべきである。)。

また、健康保険の維持等のため、労働契約上の地位保全の必要性も認められる。

しかしながら、債権者の求める金員の仮払いのうち、既に支払期を経過した平成六年五月から同年七月までの分及び同年四月支払分の運転手としての給与と雑役手としてのそれとの差額については、債権者が現在に至るまで一応生計を維持してきており、右既経過分の支払を受けなければ今後の債権者の生活を維持しがたいような特段の事情があるとの疎明はないこと等の事情を考慮すると、仮払いの必要性は認められない。

また、本案訴訟の第一審において勝訴すれば仮執行宣言を得ることによって仮払いを求めるのと同一の目的を達することができるから、金員の仮払いの終期は本案の第一審判決言渡しまでとすれば足り、これを超える期間の仮払いを求めるべき必要性はない。

五  結論

以上の次第で、債権者の本件仮処分命令申立ては、主文掲記の限度で理由があるから、事案の性質上債権者に担保を立てさせないで、右の限度でこれを認容し、その余は理由がないから、これを却下する。

(裁判官 村岡寛)

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